クロガネ・ジェネシス

第15話 探索、襲撃、逃走
第16話 ネル 激怒
第17話 襲いくる群
 
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第ニ章 悪夢の古城

 

第16話 ネル 激怒



「とりあえず、現状の把握から始めようか」

 古城の前である程度一息ついて、零児が切り出す。

「はっきり言っちゃって、俺達は今この古城の前に閉じ込められた……という言い方ができると思うが、どうだろうか?」

 戻るための橋は崩落してしまっている。零児達の目の前にあるのは不気味にそびえ立つ古城だけだ。

「簡潔すぎるような気もするけど、その通りかもね……」

 零児同様、疲れた様子のネレスが言う。

 目の前にある古城。その入り口に続く大きな階段。零児達が進める道はそれ以外にない。

「……行ってみる?」

「それしかないな……」

 零児は立ち上がりながらシャロンに問いに答える。

「この古城は……」

 そこでディーエが口を開く。

「今から200年以上も前に放置されたところで、今となっては獣の類が住み着いている可能性があります……。行くところが他にないからといって、ここに入ることはあまりお勧めできません」

「だが、ここにいたって脱出できるわけではない。どの道いけるところがない以上、行動したほうがいいと思います」

「確かに……申し訳ありません。私がついていながら、このようなところにきてしまうことになってしまって」

「別にディーエさんが悪いわけじゃない。運が悪かっただけですよ」

「そう言っていただけると、ありがたいです」

 そこで会話を切り4人は古城へと続く大きな階段を上る。そして、零児が階段同様大きな扉に手をかける。

「開けられる?」

「どうかな」

 零児は扉を押し引きする。

「前の方に僅かに動いてるから、押せば開くと思うんだけど……」

 全身の体重を乗せて思い切り押してみる。しかし、僅かに動くだけで開かない。

 そこで、ネレス、ディーエ、シャロンの3人も一緒に扉を押す。

 すると軋んだ音を立てながら扉が動き出し少しずつ開いていった。

 人1人が通れる程度開いたところで全員城の中へ入る。

 零児達がいるところはロビーのようで、赤い絨毯《じゅうたん》が一面に敷かれており、はるかに高い位置に存在する天井まで吹き抜けになっている。中央には階段が設置されており、そこから全ての階へ移動できるようになっているようだ。

「広いね〜」

「まあ、外観だけでもかなりでかかったからな〜」

 ネレスや零児が言うとおり、古城内部はロビーだけでもかなり広大に出来ている。

 吹き抜けになっていることから、ことさら大きく感じるのだ。

「とりあえず、適当に移動してみよう。ここにいたってなんにもならないからな」

「だね」

 4人は二手に別れ、ロビーから続く様々な部屋を探索することにした。

 零児、ネレスで1階、シャロンとディーエで2階といった感じだ。

 今零児とネレスが歩いている廊下は高価な調度品がショーケースに入れられて並べられている廊下だ。

 明りは零児が無限投影で作り出したランタンだ。窓ガラスからの月明かりではとても古城内部を探索することはできない。

「すごいね……歩くだけで埃が……」

「確かに歩くたびに埃が浮いてくるってのは面白い現象だな」

 放置されて200年というだけのことはある。

 調度品が並べられているショーケースにも埃が積もっている。

「だけど少し妙に思わないか?」

「何が?」

「確かに歩くだけで埃が舞うほどに、床に埃が溜まっていることは確かだが……」

 零児は自分達が歩いている床に目を移す。

 埃と埃の間になにやら細長い跡がある。まるで何かが這って移動したかのような。

「これって……」

「ひょっとしたらここ……蛇が支配してる古城だったりしてな……」

「嫌なこと言わないでよ……」

 埃が積もっていない箇所が蛇のものであると言う確証はない。しかし、可能性として考えられる話だった。

 それに蛇が好き好んでこんな200年も放置された古城に住み着いているとも考えられない。

「まあ、とにかく進んでみよう。古城から脱出する手がかりを探さないと」

 そして零児達は再び歩を進めた。

 調度品が並べられているショーケースが続く廊下。それをある程度進むと、別の扉が見えた。これまた放置されたことを強調するかのように、いたるところが虫に食われている。

「ご丁寧にあける必要もないな……」

 そう判断し、零児は思い切り木製の扉を蹴り破った。無論その瞬間埃が舞う。それに零児とネレスがむせたのは言うまでもない。

 扉を蹴破った先は再び別の廊下だった。いくつもの扉が並んでいる。それら1つ1つはかつてこの城に住んでいた者達の寝室なのではと零児は考える。

「これ1つ1つみるの?」

「確かに面倒だな……」

 廊下は数10メートル続いている。それに比例して扉も数を増している。1つ1つ扉を開けて調査をするのは骨が折れそうだ。

「だけど、俺は面倒とかどうかいう以前に扉に開いた"穴≠フ方が気になるな……」

 この廊下から通じている扉には1つ1つに穴が開いている。無論零児達にその理由が分かるはずもない。

「あけてみれば分かるんじゃない?」

「やな予感がコレでもかと言うくらいするんだが……」

「まあまあ、開けてみないと何も分からないって!」

「それもそうではあるが……」

 零児は無数にある扉のうちの1つの前に立ちドアノブに手をかける。

「ん? ……開かない」

 ドアノブが動かない。鍵がかけられているようだ。

「また蹴破る?」

「やってみるか」

 零児は少しだけ扉から離れて扉を蹴り破る。

 若干派手な音を立てながら扉はあっさりと破壊された。

 零児とネレスはその扉の先へと向かう。

 部屋の中は零児の予想通り寝室になっていた。埃をかぶった服やタンスが目に付いたがめぼしいものは何もなかった。

「ねえ、クロガネ君。部屋を1つ1つ見て回っても非効率的なんじゃないかな?」

「そうかもな。何か重要そうな部屋とかあればいいんだけど……」

 そういいながら零児とネレスは寝室から出た。実際寝室なんていくら調べたってこの状況を打開出来るとは思えない。

「まずはこの古城の構造を理解することに専念したほうがいいかもな……」

「じゃあ、とりあえず次行こうか」

 2人揃って廊下を歩いていく。

 その廊下の端までたどり着き、そこにあった扉に手をかけたその時。

 2人は異変に気づいた。それは背後に迫る異様な気配だった。

 零児とネレスが振り返る。そこにはぞろぞろと床を這ってこちらに向かってくる無数の蛇の群れがあった。

「おいおい!」

「まさか……あの穴って……!」

 零児は急いで眼前の扉を開く。ネレスが通ったことを確認するとその扉を閉めて、すぐさま走り出した。またも長い廊下だ。

 2人は懸命に走る。その最中、背後から大きな音がした。零児とネレスが今しがた通った扉が破壊されたのだ。

「チィ!」

 零児は黒手袋を装着した右手に魔力を込める。

「玉石! 光弾! 赤星!」

 蛇に群れに向けて放たれる一発の光弾。それが蛇の群れを直撃し、炎を撒き散らす。

 しかし、蛇の群れはその勢いを緩めることなく迫る。

「ヴォルテックス・マグナム!」

 ネレスも零児同様反撃に転じる。ネレスの右手から竜巻が発生し、それが蛇の群れを巻き込んでいく。

 発生した風により辺りの壁やら天井やらが傷ついていく。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

「これで少しは時間が稼げたかな?」

「さあな! とにかく全てを相手にはしていられない! 走るぞ!」

「オッケー!」

 再び蛇の群れに背を向け零児達は走り出す。

 廊下の端の扉をくぐり右へと曲がる。

 その時だった。

「クロガネ君! 開いてる扉が!」

 中途半端に扉が開いた状態の部屋があった。

「中に入って扉を閉めるんだ!」

 2人はその扉をくぐり、その扉を急いで閉めた。扉の外から大量の蛇が移動しているであろう物音がはっきりと聞こえた。

 しかし、零児達が今入った扉を突き破ろうとする蛇は1匹もいないようだった。

「……行ったみたいだね」

「ああ……」

「クロガネ君の言うとおり、ここは蛇のお城だったみたいだね……」

「けどおかしいぞこの状況……。なんで蛇が好き好んであんな大量にいるんだ? 蛇ってのはもっと湿気を好む生き物だと思っていたのに……」

 部屋の壁に背中からもたれかかりながら、零児が愚痴を零す。

「ワケが分からないことだらけだね」

「ああ……ところでこの部屋は何の部屋なんだろうな……」

 零児は思い立って部屋の中を見回してみる。

 月明かりが入り込む部屋だ。しかし、明りはそれだけでは足りない。

 零児は再びランタンを作り出し、明りにする。室内が照らされ零児とネレス2人が状況を理解できるようになった。

「この部屋……妙にキレイだね……」

「ああ」

 廊下といい、先ほどの寝室といい、ロクな部屋もない状況。しかし、この部屋は妙にこぎれいだった。埃がまったくないわけではなかったが。

 テーブルがあり、ベッドは3台ほど完備してある。極めつけは棚に並んでる薬品の数々だ。

 とても200年も放置されていたとは思えない。

「人が住んでるのかな?」

「かもな」

 ネレスの疑問に零児は頷く。誰かが住んでいなければこの城は全て埃にまみれているはずなのだ。しかし、今零児とネレスがいる部屋だけは誰かが寝泊りしている痕跡すら認められる。

 零児はなにやら薬品が並べられている棚に目をやる。

「ここに並んでる薬も、日付が最近のものみたいだ」

 注射器とセットになっている血清、単なる飲み薬を思わせる錠剤、粉状のものまでこれまた実に様々だ。

 医療用のほか、用途がまったく分からないものまである。

「とりあえず、シャロンちゃんとディーエさんと合流しよ。ここにも蛇が大量に出るとなったら、2人にも危険が及ぶかもしれない!」

「だな! 1度ロビーに行ってみよう」

 2人は先ほど蛇が通った廊下に出る。

 すぐさま零児が口を開いた。

「最初に廊下に入ったとき、ロビーから右手側に俺達は動いた。その廊下から扉をくぐって左へ移動を3回繰り返したはず……だとしたら、ここはロビーから見て左手側に移動した場所になるはず」

「となると……さっきと同じ方向に歩いていけば、ロビーにたどり着くってこと?」

「そのはずだ。行ってみよう」

 零児の推測は正しかった。今まで同様の方向に移動していくと扉があり、その扉をくぐった先はこの古城の一番最初に入ったロビーになっていた。

 そして、そのロビーに零児の見知った人物がいた。

「よお……クロガネ……」

 右頬に大きな赤いアザ。肩口で切り揃えられた髪の毛に死神のような巨大な鎌。

 そう、零児の前に突如姿を現し、自らを零児に殺された者と証する男、ジストだった。

「なぜお前がここにいる?」

 突如現れた眼前の男を睨みつける零児。

 ただでさえ状況の把握が困難になってきているときに、突然のこの男の乱入は状況をより複雑にするものでしかない。

「なぜとはまた愚問だな……。俺はお前を殺したいだけなんだよ」

 平然と恐ろしいことを言い放つジスト。

「知り合い?」と聴いてくるネレスに零児は「まあな」とだけ答えた。

「とりあえず女には黙っていてもらおうか……」

 ジストはネレスを睨みつける。その瞬間ジストの左目が赤く光った。

「縛螺椿《ばくらつばき》!」

 途端、ネレスの身体が黄色い光に包まれ、周囲にピンク色の花びらのような光が現れた。

「こ、これは……!」

「ネル!」

 黄色い光の中に閉じ込められ、ネレスはそこから出ることが出来ない。即ち、ネレスは動きを封じられたと言うことになる。

「零児、俺と戦え! 1対1……命がけで戦ってこそ意味がある!」

「……」

 ――こんなことしてる場合じゃないのに! ……やるしかなさそうだな!

「その前に1つ聞かせてもらう! この古城にはお前以外に誰かいるのか?」

 その質問にジストは鼻で笑いながら答えた。

「ああ……オルトムスという男が住んでる……」

 ――やはり……ってことは、俺達はその男の策にはまってここに来てしまったのか?

「質問は1つだけだったな……」

「ああ、それだけ聞ければ十分だ。いくぞぉ!」

 零児は右手の黒手袋に魔力を込め、『光弾 赤星』を撃つ。

 しかし、ジストはそれを鎌で薙ぎ払いながら零児の元へと接近する。

 ――接近戦は不利!

 零児はそう判断して紙一重で鎌を交わし、同時に距離を取る。左腕が存在しないが故の判断だ。

 まともな剣戟《けんげき》では力負けしてしまう。

 かといって剣の弾倉《ソードシリンダー》など使おうものならジスト本人を殺してしまう。零児は戦闘において人を殺そうとは思わない。

 ――ダメージを最小限に抑えて、動きを止めることが出来れば……!

「玉石! 光弾! 赤星連弾!」

 零児は再び『光弾 赤星』を放つ。今度は5つの赤い光球が1度にジストを襲う。

 しかし、ジストは5つある光球を全て鎌によって切り裂き、または叩き落し、直撃することはない。

「無駄だクロガネ! その程度の攻撃では俺に……!」

 それ以上言おうとしてジストは口をつぐむ。『光弾 赤星』によって発生した爆煙で視界が一気に悪くなったからだ。

「野郎! 目的は目晦ましか!」

「そういうことぉ!」

 零児は爆煙の中に飛び込みジストの腹部目掛けて拳を叩き込んだ。

 零児の手に鈍い感触が伝わり、ジストが口から空気を吐き出す。

「ぐっ……オオアァー!」

 痛みを堪え、ジストは自らの鎌を零児目掛けて振るう。

 半ばやけくそで放たれたその薙ぎ払い。零児は左肩にそれを食らい、同時にその場から跳躍で離れ距離を置く。

 しかし、ジストは零児と距離が開くことを許さない。すぐさま鎌を構えなおし、同時に前傾姿勢で零児に接近し鎌を振るう。

「死ね! 死ね、死ねぇ! クロガネェェェ!」

 連続で薙ぎ払われるジストの鎌。零児はそれを体勢を低くすることで幾度か回避する。1回目、2回目、3回目とそれが続き、4回目でジストは右に大きく回転した。

 その回転速度と全身の疲労から身体が反応しきれず、零児はその鎌の柄の部分で頬を強く強打した。これが鎌の部分だったとしたら間違いなく即死だったに違いない。

 その攻撃を受け、バランスを崩し仰向けに倒れる。

「ウオオオオ!」

 咆哮をあげ、ジストの鎌がさらに零児を襲う。倒れた零児の顔面目掛けて鎌を突き立てたのだ。

 無論そんなものをまともに食らうわけにはいかない。零児はそれを転がって回避し、ジストの頭に蹴りを入れた。

「ぐう! おのれクロガネ……!」

「俺だって……こんなところで負けるわけにはいかない!」

 よろけるジストの前で零児もゆっくりと立ち上がる。

「お前には……悪いことをしたと思ってる……。だけど、死ぬことによって自分の罪の清算をしようとは思わない! 死から生み出されるものなど、何1つないと思うから!」

「ふぅ……フッ……フハハハハハハ……!」

 零児の言葉をまたもジストは笑って返す。

「ならば問おう。お前によって殺された人間達は、自分達の意思で死に場所を選ぶことが出来たとでも言うのか!? お前によって殺された俺という存在に対する償いはどうなる!? 死者からの呪いの言葉に耳を傾けるならば、お前の言葉に何1つ説得力などないのではないのか!?」

「……!!」

「結局お前は死によって償うことが怖いだけだ……。ただの偽善でしかない。死ぬことより、死者の呪いを受け続けることの方がまだマシだから、生きる道を選んだだけではないのか? アァ!?」

 零児は答えられない。ジストの言葉に説得力を感じたからでも、正しいと思ったわけではない。

 ただ端的に事実だけをジストが述べていたからだ。

 自害する勇気がないというのは、結局の所死ぬことが怖いということでしかない。

 零児は思う。自らが殺した人間に対して償いがしたいと。でもそれは生きているうちには出来ないことなのだろうか? 本当に自分が死ぬことでしか償いにはならないと言うのだろうか?

 それが不確定であるからこそ、零児は死による償いと言う道を選ぶことができない。

 では死者への償いとはどうすればいいのだろうか? その答えはいまだ見つからないままだ。

 同時に、いざ自分が死ぬことが正しいと言うことになったとき、自らの命を冷酷に断ち切ることができるかどうか。零児はそれこそ不安に感じていた。

「下らない自問やおのれの生きる目的を盾に、死による償いを恐れているならば、それこそただの偽善でしかねぇよ!」

 吐き捨ててジストが接近する。

 零児は即座にソード・ブレイカーを構える。

「ムン!」

 しかし、零児が構えたソード・ブレイカーはジストの鎌によって弾かれてしまう。

「ウオオオオオオオ!!」

 再び咆哮を上げ、ジストが大振りに鎌を振るう。

「!!」

 しかし、鎌による大振りの攻撃は見切りやすい、零児はそれを姿勢を低くすることで交わした。

「甘い!」

 しかし、ジストは空振りした鎌でそのまま零児の腹部を殴りつけた。同時にそのまま零児を宙に浮かせたまま走り、鎌の柄ごと零児を壁に叩き付けた。

「ガァハア……! ウオオオ……ゲハッ……!」

 胃が逆流する。目が回る。視界が白くなる。細い鎌の柄が腹部を圧迫し、喉から何かがせり上がってくる。

『クロガネ君! クロガネ君!!』

 ジストの作り出した光の柱に閉じ込められたネレスが零児の名を叫ぶ。光の柱は強固な結界になっていて破壊することができない。

 零児は右手に魔力を込めて反撃しようと試みる。その時だった。ジストの足が零児の右手を踏みつけたのだ。

「ウッ……クッ……」

「まったく誰に作られたんだかねぇお前は……。自らの魔力で物質を精製する物質精製魔術。お前にはもったいなさ過ぎる……」

「……」

 零児はなおも眼光鋭くジストを睨みつける。

「心地いい殺気を放つじゃねぇか……。だけど、もう終わりだ。中々楽しかったぜ。お前との殺し合いは……」

 ジストが自らの鎌を再び構える。

「じゃあな。いずれ地獄で合おうぜ……!?」

 ジストの動きが止まった。意識が朦朧としている零児には何が起こったのか理解できない。

「クロガネ君は……コロサセナイ!」

 ジストの背後、数メートル離れた所にネレスは立っていた。ジストによって作られた結界を破壊した上で。

「馬鹿な……俺の結界が!」

 そして目の前のネレスの様子は今まで零児が見たものとは大きく違うものだった。

 髪の毛がゆらゆらと逆立ち、全身から青いオーラを放っている。額からは青い球状の物体が姿を現し、瞳は人間のものとは思えないほど冷たかった。

「全身から魔力の噴出がしている。これは……!」

「もうイヤなのに……」

「……?」

「目の前で……大切な人が死ぬの……もうイヤなのに……。これ以上……奪わないでよ……。あと、ドレダケ……オマエ、タチハ……アト、何を、ウバエバ、キガスムンダァァァアアアアア!!」

 同時にネレスはジスト目掛けて突進した。まるで飛んでいるかのような、凄まじい跳躍だった。

「速い!」

 まともにそれを受け止めるのは困難と判断し、ジストは横に跳びそれを回避する。

 その拳はジストの真後ろにあった石の壁を粉々に粉砕した。

「何だと!?」

「アアアアアアアアアア!!」

 ジスト目掛けて悲痛な叫びを上げながら、ネレスは再び突進する。

「漆黒の帳《とばり》!」

 ジストはガードすべく魔術を発動する。それは黒いバリアだった。

 ネレスの拳がそのバリアに直撃した瞬間、ネレスの拳から血が噴き出した。しかし、それにも関わらず、ネレスは拳を振るうことをやめない。

「モウウバワナイデエェェェ!! ワタシカラ、コレイジョウ、タイセツナヒトタチヲ、ウバワナイデェェェェ!!」

 そう叫びながら拳を振るうネレスの瞳からは涙が溢れていた。

 そして、ネレスの拳の打ち込みによって、ジストが発生させた黒いバリアはヒビが入り始めていた。

「俺の結界がこうも簡単に……! 調子に乗るなァ!」

 ジストはネレスの拳による攻撃タイミングにあわせてバリアを解除し、ネレスの攻撃を空振りさせる。同時に後方へ跳躍した。

 ネレスはそれを逃がさない、すかさずジストへ接近する。

 そのタイミングで、ジストは鎌を横に薙ぎ払う。ネレスを真っ二つにするために。

 しかし。その攻撃はネレスに当たらなかった。

「な、なに!?」

 鎌による攻撃がなぜか止まる。ネレスが鎌の刃先に肘《ひじ》撃ちをかましたのだ。その肘からは額に姿を現した青い物体と同じものが浮き出ていた。

「俺の鎌が……」

 鎌の刃が粉々になり、ジストは愕然とする。

「ウオオオオオオオオオ!!」

 間髪入れず、ネレスの拳はジスト目掛けて放たれた。

「相手にしていられん! クロガネ……覚えていろ!」

 ジストはそれだけ言い残して魔術によって煙幕を発生させ、その場から消えた。

「ネ、ネル!」

 ある程度ダメージから回復した零児がネレスへと近寄っていく。

「クロガネ君……」

 ネレスの全身から放たれていたオーラが消えていき、額と肘に浮き出ていた青い物体もネレスの体内にその姿を消していく。

「クロガネ君、クロガネ君!」

 ネレスは涙を拭うことなく零児に駆け寄る。そして零児を強く抱きしめた。

「ネ、ネル?」

「ゴメン……少し泣かせて……」

「あ……ああ」

 ネレスは零児の肩で泣いた。ネレスが何者なのか、なぜネレスが泣いているのか。

「ううっ……ああ……ああああああああああん……!!」

 そして笑顔を絶やさないネレスが普段は見せない姿。

 零児に分かることなんて何もなかった……。

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